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Sooko-vision
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いわきの妖怪
あまり霊とかは見ないタイプなのだけど、このごろ霊の声が聞こえる…(笑)
 震災で亡くなった人達が自分の町がまだ打ち捨てられたままになっているのを嘆く声、山や農家で暮らせなくなり自殺した霊の声、原因不明の病気でなくなり「オレが弱かった」からなのか?と問いかける声、戦争で死んでいった霊の声、チベットで焼身自殺したお坊さんの霊の声、悔し涙で仲間を思いながら死んで行った…そんな沢山の霊たちが、福島上空に集まって何か唸るような叫ぶような声を発する…。 夜中にその声は大きくなり、それで明け方に地震が多いのではないのかと思ったりする…。
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何となく怖い感じだけれど、『霊は出たほうが良いのだ』と言う意見があり、それを聞いて私はスッキリした。

光を当てる…肯定的に霊の言葉に耳を傾けると、必ずしも怒っている訳ではなく、アッチの世界から見てみたら全ての謎が解けて、「なんだそういうことなのにまだ気付いていないのか…」と心配して、訴えながら虹色の光を発する風の渦となって廻り、集い、廻り、その中から何か実体のある良いものを送り込もうとしているらしい気配…
そんなふうに思えてきた。

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ところで いわき上空はあまりにも霊の動きが激しいので時に参ってしまいそうだけれど、いわきにはこの土地の歴史的地理的特徴の中で生まれた強力な妖怪達が沢山いて、彼らが結界をはって 町の地面に近いあたりを守っているのを私は多数目撃している。(笑)

以下は以前友人といわき中央図書館の民俗学の棚から妖怪探しをした時のアヤフヤな記憶を元にした、いわき妖怪の紹介です。御免!
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◎べろべろの神 (震災直後に多数現れたのを目撃^^)
『「べろべろの神」は「へろへろの神」「屁ひりの神」とも言い、 すかし屁をした当人を見つける遊びだそうです。
車座になって、こよりを曲げて手に持ち、 「べろべろの神は正直神(がみ)よ、誰(た)がした、彼(か)がした、した方(ほう)へつん向け」という囃子言葉を唱えながら両手で揉み回し、 この言葉がおわった時にこよりの先がさした人を犯人とします。』

神だか紙だか、なんとも細っちくて弱々しい神…。撚りがほどけてグニャ~っと動きながら皆の顔を指してゆく、こっちを向くとちょっとドキッとして過去の屁に関する色々を思いだし、そうなって来るともう誰が犯人でも同じことで何だか笑ってしまう と言う神。 いや、神とか名乗ってるがきっと妖怪神だ…。
臭~い匂いが立ち込めて、皆の間にイヤ~な空気が漂いかけると現れ、皆を輪にして笑わせる。
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◎河童の話
いわきの泉ヶ丘と湯元の間の用水の川に小さな石碑があり、伝えられている話はおおよそこんなだ。
『村で河童が捕えられた事があり、どうしたものか?と村長の所へ連れてゆくと、「ここいらで河童が悪さをしたと言う話は聞いたことがない、放してやろう」と言うことになり、それを聞いた河童は涙を流して喜び、「決して悪さはしないけれども、夏の閻魔様の○○の日には川に子供が居ると連れてゆかねばならない、その日には合図として白い藤の花を咲かせるので花を見たら川に子供を近寄せてくれるな」 と頼んで帰っていったと言う。』

石碑には「白い藤はこの辺に咲いていたけれど、最近めっきり見えなくなってしまった」と結んであったけれど、この少し川下の街道に面した土手山の高く伸びた篠竹の奥に、ニセアカシアの巨木と見まごうばかりの大きな白藤が見事に咲きあふれているのを、去年だったか一昨年だったか印象的に見たのを覚えている。
少し怖いような所もある話だけれど、私はいかにも「いわき」らしい良い話だな…と思って書く。
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◎小豆洗い
各地で色々な言い伝えがある。
『川のほとりで「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗う。その音に気をとられてしまうと、知らないうちに川べりに誘導され落とされてしまうともいう。音が聞こえるだけで、姿を見た者はいないともいわれる』とか『人をさらう』と言うような話も多いが、いわきの場合、次の話に近かった気がする『茨城県や佐渡島でいう小豆洗いは、背が低く目の大きい法師姿で、笑いながら小豆を洗っているという。これは縁起の良い妖怪といわれ、娘を持つ女性が小豆を持って谷川へ出かけてこれを目にすると、娘は早く縁づくという。』

「あずきは年明けや赤ちゃんの生まれる時など大変おめでたい時に食べるもので、その準備の音は縁起の良いものだ」と言う説、また別に、「小豆洗いの正体は大入道であった」という話もいわきの本にあったような無かったような…。
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◎一つ目入道と籠目
「事八日」に関連した春分の行事らしい…。いよいよ新しい歳の始まる前に 町に様々な怪物が歩き回る時期があると言う。 その親分格が「一つ目入道」で、一つ目で睨まれると病気になったりするという。しかし、目の沢山ある「籠」を掲げておくと、自分より沢山の目を持った者にはかなわないと感じ逃げてゆくと言われている。
この風習はいわきには最近まで根付いていたそうだ。
「籠目」や「目」には「邪視を避けるまじない」が込められていると言う話は多い。籠の目を通して見ると怪物の正体を知る事が出来、正体を知ると味方として自由に扱うことも出来ると言う話も世界中によくあるが、これはメモ。
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♪ かごめかごめ
かごのなかの とりは 
いついつ でやる
よあけのばんに 
つるとかめがすべった
うしろのしょうめんだあれ?♪


籠の目を通してそっとあの騒がしい上空をのぞく
一つ目の山のような巨人の周りを
雲のように取り巻くのは雨粒の霊たち
蛇のように連なる5000年のとぐろが山を巻く
後ろの正面だあれ?
雲に霞んだその上から
まるで雪のように降ってくる
黄色い花びら
アムリタの香り。

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by sooko123 | 2012-12-31 16:57
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